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Vol.55 夏のコーヒー


夏のコーヒー

Il caffe d' estate



カフェ・シェケラートか、クレーマ・カフェか?
Caffe Shakerato o Crema Caffe?


地球温暖化のせいかどうかは知らないけれど、北イタリアの夏も最近は暑さがどんどん増している気がする。18年前に私が暮らし始めた頃は、どんなに暑い日でも日陰はすっきり、夕方になれば肌寒いぐらい気温は下がって、夜遊びには、はおりものなしでは出かけられなかったほど。ところが最近のイタリアはムシムシする日も多く、熱帯夜のような夜もけっこう多い。それでももちろん、日本よりはずっとカラッとして過ごしやすい夏ではあるのだが。


と、日本の夏に慣れた私は涼しい顔をしているが、さわやかな夏を懐かしがるイタリア人たちは、暑い暑いとやたら大げさだ。クーラーを設置しまくる人(今まではクーラーなんか必要ない程度の暑さだった)、裸のような格好で歩き回る人、プールだ海だと仕事に手がつかない人がこの季節急増する。



そんなイタリア人たちが、まだバカンスには行けないけれどちょっと涼しくなりたいなあ、という時に街のバールで飲むのが「カフェ・シェケラート」だ。



この、イタリア語のようなイタリア語でないような不思議な言葉は、「シェイクしたカフェ」という造語らしい。淹れたてのエスプレッソと氷をシェーカーに入れ、シャカシャカシャカ~とバールマンが作ってくれるそれは、アイスコーヒーよりもちょっとクリーミーでエスプレッソの旨味もあり、かつ冷たいという、とてもおいしい夏の飲み物だ。イタリアには缶入りアイスコーヒーはもちろん、喫茶店のアイスコーヒーも、カフェのアイスカフェオレも存在しないので、冷たいコーヒー類を飲みたい私たち日本人にとっても、とても嬉しくありがたい存在だ。








エスプレッソと氷をください、と頼む手もあるが、それよりも手っ取り早いカフェ・シェケラートである。ただし正統派のそれは砂糖とリキュールがたっぷり入れてあるので、日本人の味覚にはちょっと甘過ぎで、かつアルコール分もけっこうある。だから私はいつも「砂糖もリキュールも、何も入れないでね」とお願いすることにしている。すると、キリリと冷たいエスプレッソコーヒー=カフェ・シェケラートにありつけるのだ。








こんな粋でオシャレな飲み物がイタリアにはあるのだが、最近は「クレーマ・カフェ」といって冷たくてクリーミーで甘いコーヒーが大人気。コーヒーとお砂糖と牛乳、または生クリームを撹拌しながら冷やしてクリーム状にしたもので、グラニータよりもクリーミーでまろやか。ジェラートよりもふんわりと軽く泡状の液体で、冷たくて甘くて、少なめの量でサーブされるというのも大人に人気の秘密かもしれない。





カフェ・シェケラート派の私は、コーヒーを飲みたい時というよりも何か甘くて冷たいものが食べたいなあ、でもジェラートはちょっとトゥーマッチだなあ、という時に、クレーマ・カフェが飲み(食べ?)たくなる。ここ最近の人気だからすべてのバールに必ずあるメニューではないが、かなり頻繁に、あちこちのバールで見かけるようになった。チョコレートパウダーやカカオビーンズをトッピングしたリ、生クリームを加えたりと、オリジナルなメニューを競っているようだ。でも私の好みとしてはやっぱりシンプルに、すっきりと冷たく、さらりとクリーミーでほんのり苦甘いのが美味しいと思う。日差しの強いイタリアの夏を涼しくおいしく過ごす一杯だ。









               文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.54 シチリアのアーモンド





シチリアのアーモンド

Mandorla Siciliana



「ン」ではじまる不思議なお菓子
Un dolce misterioso di cui l'N e' l'iniziale





シチリアにアーモンドの取材に行ってきた。シチリアのアーモンドといえば、いろいろな焼き菓子からマジパンにトローネにグラニータなどなど、様々なお菓子作に使われる。和菓子でいったら小豆か抹茶のようなもの?で、イタリアお菓子界になくてはならない存在だ。


  

シチリア産のアーモンドは、生産量では世界の他の有名産地にかなわないけど質はとても高くておいしいのよ、というのがシチリア側の言い分である。どんなふうにおいしいのかというと、食べた後ほのかな苦味が残るのが最大の特徴で、なぜそんな素敵な特徴が産まれたのかといえば、普通のアーモンドの苗木をビターアーモンドに接ぎ木して作るからだそうだ。桃栗3年柿8年、でアーモンドもこの方法だと実をつけるようになるまで8~9年かかるのだが、病気や厳しい天候に耐性があり、なによりおいしいアーモンドができるから、他の土地ではもっと早くバンバン生産できる方法をとっているにもかかわらず、シチリアでは昔ながらのこの栽培法を続けているのだそうだ。



シチリアのアーモンド菓子といえば、まず有名なのはマジパン細工。イタリア語ではマルツァパーネMarzapaneだ。シチリアに旅行したことがある人なら、観光地で、町のお菓子屋さんで、そして空港のお土産ショップなんかでも、色とりどりのマジパン細工を見かけたことが絶対あるはず。それは果物の形だったり、野菜だったり、え? 本物? と一瞬疑ってしまいそうなほど、そっくりに、そしてとてもビビッドな色で作られている。美味しいかと聞かれたら、まあ、マジパンの味なのだけど、上質のアーモンドで作られたそれは、やっぱり上質な味なのである。



シチリアのサン・ヴィート・ロ・カーポというビーチは、どこまでも続くエメラルドグリーンで遠浅の海と白い砂浜が有名で、何年か前にそこで夏を過ごしたときに食べた、アーモンドのグラニータの美味しさは今でも鮮明に思い出す。グラニータとはご存知イタリア版かき氷で、いろいろなフルーツ果汁などを半ば凍らせ、半ばジュース状のまま食べるもの(イタリア通信Vol.30参照)。アーモンドのグラニータなんて、シチリアへ行く前はちょっと想像しにくかったのだが、アーモンドミルクにちょっとアーモンドのつぶつぶ入り液体を凍らせたそれは、飲むと意外なほどにすっきりと渇きが収まって、クセになる美味しさであった。



そしてアーモンドを使ったビスケット類だ。イタリア全土にあるけれど、私の暮らすピエモンテ州伝統のお菓子に「ブルッティ・マ・ブォーニ」というのがある。見かけは悪けど美味しいよ、という意味の、メレンゲにアーモンドやヘーゼルナッツをふんだんに混ぜ込んで焼いたもので、今では全国的にポピュラーな焼き菓子だ。



「でもね、こっちがオリジナルなのよ」と言いながら、アーモンド農家のお母さんが食べさせてくれたのが「ンカンネッラーテ」。いいえ、書き間違いじゃございませんよ、シチリアの方言でNcannellateと書く。そういえばカラブリア州の有名なサラミにNdujaというのがあるけれど、南イタリア地域でNから始まる言葉があるのはなぜであろう? と考えていると話しがどんどんそれていくので、興味がある方はどうぞご自分でお調べください。



というわけで「ンカンネッラーテ」。作り方を聞いてみると、水と砂糖を煮溶かして糸をひくぐらいになるまで煮詰めたところへアーモンドの粉を入れ、それを丸めてオーブンで焼く、というもの。ぷっくりとふくれた中が空洞になっていて、カリッカリッと噛むとアーモンドの香ばしい味わいが口の中に広がる感じ。なぜ、「ンカンネッラーテ」というかというと、カンネッラ(シナモン)が加えてあるから。でもシナモンよりもフレッシュなアーモンドの風味が圧倒的に美味しい。だからシナモンなんか入れなくてもいいのに、と思うのは部外者であって、アーモンドがあたりまえのようにザクザク穫れるこの地域だから、ちょっと違う風味にしたかったんだろうなあ、と想像したりして。


長靴の形をした、地中海に浮かぶイタリア半島は、様々な気候と地形が各地多様な食文化を生み出していると言われる。シチリアはアグリジェントの小さな町で出会った不思議な名前のアーモンドのお菓子。これだからイタリア、いつまでたってもやめられない。




文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.53 ストリートフード流行中

ストリートフード流行中

Street Food in Voga





イタリアのストリートフードとは?
Quali sono Street Food Italiano?



イタリアでもここのところストリートフードが大流行中。街のあちこちにそれ系のお店がどんどん増えているし、雑誌やテレビなどでも盛んに「ストリートフード」をとりあげている。そしてついには、かのレストランガイド『ガンベロロッソ』から、ストリートフードだけのガイドブックまで登場した。

イタリアのストリートフードって何? といえば、まず思いつくのは切り売りピッツァ。普通のピッツァはピッツェリアで座って食べる、例の大きな丸い形のやつだけど、切り売りのそれは、切り売り専門の店で売っている。テーブルぐらい大きく焼かれたものを「これぐらい?」「いや、もうちょっと大きく、はじっこのカリカリしたところを入れてよ」なーんて言って切ってもらい、紙に包んでもらって歩き食いするのだ。外で食べるのが大好きなイタリア人達は、今の季節はもちろん、冬の寒い時期でも歩きながら、公園のベンチで、どこでもかしこでも切り売りピッツァにむしゃぶりついている。


ストリートフードについて詳しいあるジャーナリスト氏によれば、ストリートフードとは「ストリートで作ってストリートで食べるもの」だそうだ。たとえば日本なら焼き鳥とかたこ焼きとか?だからハンバーガーなんかは手軽に歩きながらストリートで食べることはできるけど、厨房で作られるから違うんだそうだ。そういう意味で言うと、切り売りのピッツァも違うということになってしまうのかな。


じゃあ、本物のイタリアンストリートフードとは何か。たとえばフィレンツェの「ランプレドットのパニーノ」。屋台の巨大な鍋でグツグツ煮上げたトリッパを、したたる汁ごとパンにさっと挟んで作ってくれるから、これぞ正真正銘のストリートフードだ。


それからここ数年人気上昇中の「ピアディーナ」。これはエミリア・ロマーニャ州の伝統料理で、クレープ状に焼いた生地にハムやチーズや野菜、またはヌテッラなどの甘いものを好きに巻き込んで食べるというもの。クレープとの違いは生地にバターや卵が入っていないから、もっとニュートラルな味なんだけど小麦粉の香ばしさが魅力的というところ。お昼でもおやつにでもOKだから、ここのところトリノでも雨後のタケノコのようにピアディーナ屋が増えている。






そして私が大好きなファリナータも、リグーリア州はジェノバ生まれのストリートフードの一つ。ひよこ豆を粉にひいたものと水、オリーブオイル、塩だけで作った生地を薄い鉄板に流し入れて焼いただけの質素な食べ物。でも外側はカリッと塩味がきいていて、中はお豆がとろりと甘い。あのおいしさは、ちょっとないおいしさである。ただ、シンプルなだけに難しいのか、本当においしいのはまれで、でもだからこそ本物に出会った時は嬉しくて、いつまでも忘れられない味になるのだ。


シチリアのご飯コロッケ「アランチーニ」やナポリの揚げピザ「ピッツァ・フリッタ」など、イタリアには美味しいストリートフードがまだまだたくさんある。そう考えると、高いお金を払ってレストランに行かずとも幸せになれる、イタリアっていい国だなあ、と思えてくる。


ストリートフード流行の陰には世界的な不景気があるといわれている。たしかにそうかもしれないけれど、今まで知らなかったまた別のイタリアのおいしさを発見できたら、それはとても楽しいこと。ポジティブでいれば何か必ずいいことがあるのだ。





文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.52 イタリア焼き菓子の魅力

イタリア焼き菓子の魅力
Il fascino dei dolci pasticceri da forno





ビターアーモンドが香るアマレッティ

Amaretti con pieno profumo di mandorle amare



アマレットというお菓子がある。でも日本でよく知られているアマレットは、たぶん同名のリキュールのほう。ウィキペディア日本語版にも、「アマレットとは杏などの仁(種の中にある小さな実のようなもの)を使ったイタリアのリキュール」と書いてある。甘くて、ほんの少しだけ苦味もあって、杏仁豆腐を思わせるよい香りがするリキュールだ。ミラノのあるロンバルディア州はサロンノという土地で作られる「アマレット・ディ・サロンノ」が特に有名だ。


同じ名前だけれどお菓子のアマレットは、ロンバルディアやリグーリア、ピエモンテといった北の各地で作られる。スイートアーモンドとビターアーモンドの粉、卵白、砂糖などを材料にしたビスケットで、セッコ(乾いた)タイプとモルビド(ソフト)タイプがある。セッコタイプはカリカリっと軽い口当たりが気持ちよく、ソフトタイプはしっとりとして生ビスケットといった味わい。どちらもビターアーモンドの独特の香りが効いていてクセになるお味。かつてメディチ家のカテリーナ妃がフランスのアンリ二世にお嫁入りした時に持ち込み、それがあのマカロンになっていったともいわれている。ちなみに日本ではアマレッティ、と複数形で呼んでリキュールと区別しているようだ。というわけで、以後ここでは私もアマレッティと言うことにします。






さっきも書いたように、アマレッティはイタリアの各地で作られていて、みんな「オラが村のがオリジナルだ!」と譲らない。たとえばリキュールと同じサロンノのアマレッティ。1718年にミラノの大司教がサロンノ村を訪れた際に、それを記念してある夫婦が作って捧げたものと言われている。一方、我がピエモンテにはモンバルッツォのアマレッティ・モルビディ(柔らかいアマレッティ)というのがあって、これはサヴォイア王家のお抱え菓子職人モリオンドさんが発明した。今でもモンバルッツォ村の「モリオンドのアマレット」としてとても人気がある。こちらも1700年代の発明ということだ。





おや? そうなるとルネサンス期のフィレンツェのお姫様だったカテリーナ・メディチさんよりもずっと後。マカロンの元になったというのは眉唾か、それとももっと前に、別のどこかでアマレッティはすでに産まれていたのか? ということでもっと調べてみると、こんな説も。


「アマレッティはおそらくアラビア人が発明し、それが地中海沿岸沿いのシチリアからイタリアに広まったものと思われる。その後スペインやフランスに伝道師たちにより伝えられた」。なるほど。アーモンドの名産地であるシチリアで作られていたという説にはとても説得力がある。グルメな歴史は世界の歴史や貿易事情、気候などに深くつながっていて、調べてみるととても面白い。 


さて前述したように、アマレッティの味の最大の特徴はビターアーモンドの風味がきいていることである。お菓子や料理の材料として「アーモンド」と言う時には普通はスイートアーモンドを指している。ビターアーモンドはその名の通り、もっと苦みがあって特徴的な香りがする。どんな香りかと言うと、やっぱり杏仁豆腐の香りというのが一番わかりやすいと思う。杏仁豆腐の材料である杏仁(リキュールのアマレットの原材料でもある)と、香りや成分が近いのだからあたりまえだ。




日本ではこのビターアーモンドや杏仁に含まれるシアンという成分が毒性があるということで、輸入に規制がかかるそうだ。美味しいアマレッティほどビターアーモンドの含有量が多いので規制にひっかかる。だから美味しいアマレッティが食べたければ、ぜひイタリアまでいらっしゃいませ、ということになってしまうのは残念なような、嬉しいような。


それにしてもイタリアの焼き菓子類は本当に種類が豊富で美味しい。毎日毎日おやつにクッキーを食べて幸せだなんて、日本にいた頃は想像もできなかった。そんなわけで、まだまだ書いていない焼き菓子達がいっぱいある。今後もどうぞお楽しみに❤





 文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.51 おいしくて可愛いナポリのお菓子達

おいしくて可愛いナポリのお菓子達
Buonissimi e carissimi dolci napoletani



スフォリアテッラの巻
Vol.Sfogliatella


日本で本格的ナポリ風ピッツァが流行して久しいが、実はイタリアでも、ナポリ以外の土地でナポリピッツァが一般的になったのは、日本とそれほど時期が違わない。地元それぞれの味にこだわりがあり、よそのものをなかなか受け入れないイタリアが保守的なのか、世界中の料理が居ながらにして食べられる日本がすご過ぎるのか。とにかく私の暮らすトリノでも、最近はナポリ風ピッツェリアがここにも、あそこにも、というふうになっている。

というわけで今回はナポリピッツァのお話、ではなくて、ナポリピッツァの店で食べるデザートのお話です。

ナポリピッツァの店には、大抵、ナポリ風デザートがおいてある。私のお気に入りの某ナポリ風ピッツェリアのデザートメニューは、まるでナポリの伝統菓子リストのようで、見ているだけで嬉しくなってしまうラインナップだ。



第11回の「イタリアのクリスマス菓子」でもご紹介した「ストゥルフォリ」。
ラム酒がたっぷりしみ込んだ「ババ」。
でっかい揚げシュークリーム「ゼッポレ」。
レモン風味がおいしい「デリツィア・ディ・ソレント」などなど…。




でも私はいろいろ悩んだあげく、結局いつも「スフォリアテッラ」を頼む。貝の形をしたパイ生地が何十層にも細かいヒダになったその姿は可愛らしいし、噛めばパリパリと素敵な歯ごたえと、リコッタチーズをベースにした香りの高いクリームがたっぷり。私的”イタリアンスイーツ大好きベスト3”に常にランクインする、そこにあれば食べずにいられないお菓子なのである。だからナポリに行っても、ホテルの朝食から、お茶に寄ったバールでも,お菓子屋さんでも、ことあるごとにスフォリアテッラを食べまくる。







スフォリアテッラは、もともとはナポリから40キロほどの、アマルフィ海岸の修道院で1600年代に発明されたもの、ということになっている。今、アマルフィ海岸と言えばその美しい海岸線が世界遺産でもあり、おしゃれリゾートとして映画にもなっちゃう人気スポットなのだが、当時のその修道院は戒律がとても厳しく、外の人間との接触が厳しく禁じられていたそうだ。だから修道女達は暇をもてあまし(と、スフォリアテッラの歴史資料に書かれていた。修行していたんじゃないのか??)、ある時残り物の麦粥のようなものを、捨てるのはしのびないと作ってみたのがスフォリアテッラの原型だそうだ。そのお菓子はとても美味しかったので、「サンタ・ローザ」という修道院の名前で呼ばれ,近隣の人にも人気を博しましたとさ(物物交換で生計をたてていたので)。


 1800年代になって、ナポリで飯屋をやっていたピンタウロという人がなぜかこのレシピを入手し、改良を加えて現在のようなスフォリアテッラができあがったそうだ。このピンタウロさんのお菓子屋さんは今もナポリにあって(経営者はピンタウロさんの子孫ではなくなってしまったそうだが)、当時のままのレシピでスフォリアテッラを作り続けているそうだ。200年前から続くその味は古くさいなどといわれることなく、「ナポリでおいしいスフォリアテッレの店」にずっとランクインしている。


ちなみにスフォリアテッラには「リッチャ」と「フロッラ」という2つのバージョンがある。リッチャというのが私が好きな(というか、世界の多くの人が好きな)スフォリアテッラのことで、貝の形に細かくヒダになったパイが特徴。一方「フロッラ」の方は、柔らかいフロッラ生地(パート・ブリゼのような生地)にリッチャと同じリコッタチーズのクリームを詰めて菓子パンのように丸く焼いたものだ。熱いうちに食べるのが常識とかで、熱いクリームで舌を火傷しないようにしないといけない。これはナポリ意外の土地ではなかなか見かけないから、ナポリに行くことがあったらぜひ、両方食べ比べてみないとだ。




 文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.50 バーニャ・カウダの正しい食べ方、楽しみ方

バーニャ・カウダの正しい食べ方、楽しみ方
Come si mangia la vera Bagna Caoda


 
年に一度、土曜の夜に…
Una volta all'anno,sabato sera….


いやー、めでたい。4年前の『イタリアのバレンタインデー』を皮切りにスタートしたこの連載、今回でなんと50回を迎えることができました。これも毎回読んでくださるみなさまのおかげです。お礼の気持ちをこめて、いつにもましておいしい話を、と考えに考えた結果、今回のテーマは「バーニャ・カウダ」といたしました。えー? スイーツのサイトなのに、なぜ50回記念にニンニク料理の話なワケ? とクレームもきそうだけど、ピエモンテに人生の半分近くを捧げ生きている私にとって、イタリアの美味しいものについて語る場でバーニャ・カウダを書かないのは、クリープを入れないコーヒーみたいなものなのだ(古っ?)。というわけで、バーニャ・カウダな話、どうぞ読んでいってください。


日本のイタリアンレストランでも,最近はわりと普通に目にする「バーニャ・カウダ」。知らない方のために簡単に説明すると、ニンニクとアンチョビをオリーヴオイルに溶かしたソースをいろいろな野菜につけて食べる、というもの。でもこれが実はピエモンテ州の代表的な郷土料理であることとか、日本のかっこいいイタリアンレストランで出てくるようなシャレた料理ではなくて、一人前にニンニク一個(一カケじゃないよ,一個だよ!)を消費するゴッツクて臭くて、でも日本人の心に響くおいしい料理だということなんかは、まだあまり知られていないと思う。


大事なことは,バーニャ・カウダは日本における鍋料理みたいな位置であるということだ。なぜか大勢で食べるものということになっている。晩秋から冬にかけて、友人やら親戚やら大勢集まった時にみんなで鍋、もといバーニャ・カウダを囲む、そういう位置づけ。鍋やらフォンデュやら、テーブルに熱源があると、人はなぜ大勢で囲みたくなるのだろうか?



 その昔,ピエモンテ州の農村で、売れ残りの野菜を消費するおいしいワザはないかと考案されたのが始まりだそうだ。バーニャとはピエモンテの方言で「ソース」を、カウダは「温かい」を意味するので,「温かいソース」というなんともシンプルな料理名だ。昔はピエモンテ州にはオリーブオイルはなかった(オリーブは元来暖かい地方の植物だもんね)ので、溶かしバターかラードにニンニクとアンチョビを入れて作ったのがオリジナルのレシピ。現在ではニンニクとアンチョビをトロトロに煮溶かしてオリーブオイルに混ぜるのが基本だが、ニンニクを牛乳で煮て臭みをとったり、生クリームを入れてリッチにするなど、レシピは作る人の数だけあるみたい。





 ニンニクと並ぶ大事な材料がアンチョビだ。これは塩漬けのものに限る。日本ではなかなか入手が難しいらしいけれど、頭と内蔵をざっと外しただけのカタクチイワシを塩に漬け込んで発酵させたアンチョビは、風味は発酵食品、でも食感は生、という、もう日本人なら嫌いなわけないっしょ、というおいしさである。私なんかこれを時々、ホカホカごはんにのせて食べている。塩辛みたいでほんっとにおいしいのだ。

私の暮らすトリノには常設市場が47もあって、イタリア一市場の多い街だと言われている。その市場で、干した魚やオリーブの塩漬けなんかを専門に扱う屋台でアンチョビの塩漬けも売っている。何種類もサイズの違うアンチョビがそれぞれ巨大な缶に入って並んでいるので、アンチョビくださーい、と頼むと「何に使うの? バーニャ・カウダ? じゃ,この一番大きいのね」なんて言って計りにのせてくれる。もちろん魚屋さんでも買えるし、最近は大型スーパーマーケットでも瓶詰めの塩漬けアンチョビが手に入るようになってきた。


 さて、アンチョビとニンニクをオリーブオイルに煮溶かしてソースを作ったら、専用の容器に入れてテーブルに設置する。容器は大抵一人分用で、上半分がソースを入れるスペース、下半分の空洞にロウソクを入れる仕組みになっている。それはちょっと、日本のB級温泉宿の夕ご飯に出される一人前用の鍋のようでもあるし、アロマテラピーのディフューザーのようでもある。とにかく「温かいソース」なのだから、この容器で温かくして食べなければダメなのだ。


ソースがグツグツいってきたら、テーブルいっぱいに並んだ野菜を各自取ってソースにつけて食べる。丸ごとオーブンで焼いたジャガイモにタマネギ。やっぱりオーブンでトロトロに焼いて皮をむいたカラーピーマンにビーツ。セロリに似た食感のフェンネルやキャベツ、「キクイモ」と訳されるタピナンブールという芋の一種は生で。そうそう,カリフラワーも生で食べる。コリコリと歯ごたえのあるカリフラワーと熱いバーニャ・カウダソースはとてもよくあっておいしい。日本のみなさまにもぜひ体験していただきたいお味です。


 大勢でお喋りしながら、ワシワシ,ワシワシ食べ続ける。パスタや肉料理なんかは食べず、ひたすらこれだけだ。お供はもちろんピエモンテの地ワイン、バルベラやフレイザーといった飲みやすい赤。たっぷりのニンニクとワインで身体はポカポカに温まる上に野菜もたっぷりで風邪予防にも最適だ。正しいピエモンテ人的には、年に一度はバーニャ・カウダをしないと気がすまないらしい。でも最近はニンニク臭くて嫌、などというイタリア人が増えていて、集まりはもっぱら週末,それも翌日誰にも会わなくてすむ金曜や土曜の夜に企画されることが多いのだとか。

そこまでしても、やっぱり食べたいバーニャ・カウダなのだ。







 文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.49 ザバイオーネのおいしい季節

ザバイオーネのおいしい季節

La stagione migliore per gustare lo Zabaione


サヴォイア家VSゴンザー家の誕生ストーリー
Storia tra Savoia e Gongaza


クリスマスもお正月も終わった北イタリアの今の時期、楽しいイベントもなく、霧が出てドヨーンと寒々しい日が続く。そんな日はこたつに入って、じゃない、温かい部屋で、何か優しい味の甘いものでも食べて、ほんわかしたい。そう思うのは私だけじゃないらしく、お気に入りのとあるカフェに行ってみると、小さな店内は意外と人が入っている。

例のものを注文して待つこと数分。厨房から「カシャカシャカシャ」という軽快な音が聞こえて来た。ボウルの中の卵と砂糖を泡立て器で泡立てている、あの音だ。私の分を今、作ってくれているんだな。そう思うと外の寒さで冷えきった身体も、ワクワクと暖かい気分に包まれてくる。

私が注文したのは「ザバイオーネ」。イタリアンのレストランやお菓子屋さんで頻繁にみかけるこの「ザバイオーネ」とは、本来卵黄と砂糖、マルサラ酒などのリキュール類を合わせて湯煎で泡立てた、クリーム状のお菓子の名前だ。発明された当時はあまりのおいしさに人気はあっという間に全イタリア、ひいてはヨーロッパの各地に広まった。そして現在ではチョコレート風味、ピスタチオ風味などいろいろなヴァージョンが発明され、ケーキに、デザートに、アイスクリームにと、様々な使われ方をするようになったけれど、本来は温かいできたてを食べるものなのだ。

 

一般的にはピエモンテの代表的デザート、とされている。16世紀にピエモンテ州を統治していたサヴォイア家の当主カルロ・エマヌエレ一世という人はとても食いしん坊なお方で、毎晩のように「新しいおいしいデザートが食べたいなあ」とお抱え料理人にせがんでいたらしい。それである時考案されたのがザバイオーネ。卵で作ったフワフワのクリームがとても美味しく、カルロお殿様も大満足だった。ザバイオーネという名前の訳は、サン・ジョヴァン二・バイロンという料理の守護神に、この宮廷料理人が加護を求めて祈りを捧げたからだとか。サン・バイロンがだんだんなまってサバイオーネとなったというわけ。


他にもいろいろ説はあって、ルネサンス時代にマントヴァで栄えていたゴンガーザ家の料理人が書いたレシピが残っているとか、エミリア・ロマーニャ州のレッジョ・エミリアで、「ザバン・バヨン」というあだ名の軍隊長が、行軍中に周辺の農家に食糧を求めたが卵と砂糖と薬草風味のワインしか見つけられなかったため、それらをみんな混ぜてでき上がったのがザバイオーネだとか。でも16世紀頃に貴重な砂糖をたっぷり持っていたのは高貴な方々に限られていただろうから、やっぱりサヴォイア説かゴンガーザ説が有力なんじゃないかと私は思っている。


マルサラ酒を入れるのが現在は正式なレシピということになっているが、これは18世紀にシチリアのマルサラで発明されたリキュール。ポートワインとかマデラ酒なんかと並んで世界的に人気がありますね。でも18世紀ということは、ザバイオーネが生まれたのより後。つまりオリジナルのレシピでは違うものが使われていたということになる。調べてみると、ピエモンテではもともとは名産のモスカートワイン(マスカットで作られる甘いデザートワイン)もしくは地元でとれるバルベラなど普通の赤ワインが使われていたという。そういえばモスカートワインが作られ始めたのも16世頃らしいので、「そうだ! あの新しいワインを入れたらおいしいかも!」なーんていうアイデアがサヴォイア家お抱え料理人氏にひらめいたとしても不思議ではない。

一方ゴンガーザ家だったとしたら何を入れたのか? ロンバルディア州だから、白のフランチャコルタかな、それとももっと素朴な感じの赤、ボナルダあたりかな?



そんなことを考えていると、ガラスの容器に盛られたザバイオーネが私のところへやってきた。ふわふわで、ほんのり温かくて甘く、やさしい味。そしてマルサラがお腹の底から身体を温めてくれる、そんな味だ。既製品はマルサラ風味の香料が強過ぎたり、カスタード風にドロリとしていたりして、あまり美味しくないものもけっこう多いけど、ここで食べる、頼んでから作ってくれるザバイーネは格別だ。真面目に泡立てさえすれば家でも簡単に作れるのだけれど、注文を聞いてから、私のためだけに泡立ててくれる、この特別感が気持ちよくて、時々ここへ来る。寒くて天気の悪い日にこそ美味しいものって、結構あるのです。






文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住